和菓子のアン┃坂木 司【著】あらすじ・感想—和菓子店の仕事はミステリー&ホスピタリティ

小説

“働いて、お金を貰う。それはバイトでも社員でも同じ。だとしたら、別にどっちでもいいやって思ってた。でも最近は、なんていうか、それじゃいけないのかなって感じてる。だからって、具体的にどうすればいいかはわからない。みんなが就職するから、就職するっていうのも不思議だし。けど、なにか。なにかちょっと、変えたいような気がする。”

引用:「アンと青春」坂木 司【著】

デパ地下の和菓子店を舞台に、さまざまな和菓子の謎を考え解いていくミステリー小説。また一方で、和菓子店スタッフだからこそのプロフェッショナルを見せてもらえるお仕事小説。

和菓子の奥ゆかしさと、和菓子店スタッフから「働く」について様々なことを考えさせられました。ミステリーだけど、和やかでちょっと笑える。安心して読める小説です。


和菓子のアン (光文社文庫)

 

小説を読んで~学び・気づき・感想

「和菓子のアン」を読了して考えさせられたことは、端的に言うと「ホスピタリティ」仕事観」

和菓子店で働いた経験はないけれど、6年前に私は主人公のアンちゃんとほぼ同じような境遇になった時のことを思い出しました。

ここからは、その時のエピソードと「和菓子のアン」を重ねて感想を書いていこうと思います。



新卒で入社した会社を3年半で辞めた。
仕事にだいぶ慣れてきたころだったけど、自分の仕事に自信や誇りを持つより毎日のルーチンワークに飽きていた。

このままずっとここで、同じ仕事を続けるのかな
そう考えたらそれは私の中ではあり得なくて、もっと外に出ていろんな世界を見てみたい!と勢いでフィリピンへ留学した。

4週間という短い期間ではあったけど、友達もできたし初めての語学留学は楽しかった。

帰国してから、やっぱり働かなきゃと思い転職活動をした。
だけど、次にどんな仕事がやりたいのか、そういうキャリアプランは全くなかった。「いつか海外とつながる仕事がしてみたい」と当時は面接で言っていたけれど、ただ無理やり自分に転職軸を持たせるための、用意された言葉にすぎなかったと思う。

結局、未経験でせっかく転職した会社は3ヶ月で退職した。

「働かなきゃ」「仕事見つけなきゃ」
でも、やりたい仕事が分からない。興味がない。
自分のキャリアは止まっているのに、周りの時間は過ぎていく。
時の流れにちゃんと乗れていない自分はヤバいんじゃないかと、焦る。

もう学生じゃないし、いつまでも無職でいるのも良くない。
でも「正社員」にこだわって焦って転職するのも違う。

私は次の職場に、ホテルのアルバイトを選んだ。
「アルバイトしながら、しっかり将来のキャリアを考えよう」と。
だから、“とりあえずアルバイト”だけど、ちゃんとした経験ができる仕事を選びたいと思った。
何でもいいからバイトして給料をもらうより、正社員じゃなくても“ちゃんと”働いていると思えるようにしたかった。



 

「和菓子のアン」の主人公、梅本杏子(アンちゃん)は、将来の夢がピンとこない高校3年生。
専門学校に行くほど好きなこともないし、大学だって勉強好きじゃないから行きたくない、かといって、いきなり就職するのも何か違う。
そこで、「ピンとくる何か」を見つけるまではアルバイトしようと、デパ地下の和菓子店「みつ屋」で働きはじめます。

和菓子店とホテルマンの仕事は、よく通じる部分があるなと物語を読みながら思いました。
例えば、「お客様を大切にすること」「ホスピタリティ」「立ち居振る舞い」等。
私はホテルマンの仕事を通じて、貴重な経験をさせてもらったと今でも思っています。

マニュアル通りに接客をこなしていれば、大きなクレームになることは少ない。
でも、そのお客様にとって特別な体験にはならない。

当時アルバイトしていたホテルのブランドコンセプトは、「パーソナライズド・ホスピタリティ」

一人一人にパーソナルなおもてなしをするため、お客様との会話を大切にしていました。
汎用的な接客マニュアルをこなして終わるのではなく、一人一人に合わせたオリジナルな接客をすること。

「今回の宿泊は、ご旅行ですか?」「ご出張ですか?」
「今日は記念日でのご予約ですね。おめでとうございます。そんな大切な日に、選んでいただきありがとうございます。」

等、事前の予約で得たお客様の情報をもとに、ホテルスタッフが会話のきっかけをつくります。
さらに会話をする中で新たなお客様のこと知ると、こちらから観光案内をしたり、おすすめを紹介したり、お客様に合わせたおもてなしをすることで

「記憶に残るホテル」「何度も帰ってきたくなる第二の我が家」を目指してお客様との時間を大切にしていました。

当時、印象に残っているお客様とのエピソードがあります。

ホテルスタッフとして働き始めて間もない頃、私はある一人のお客様のチェックインを対応しました。
チェックインを終えてお部屋までご案内している時、その女性のお客様は「ある歌手のコンサートに行くの」と楽しそうにお話されました。

お部屋のご案内が終わったら、私はロビーに戻りまた別のお客様を対応するのですが、「自分がチェックインしたお客様は、最後まで自分が責任をもって応対する」という考えのもと、

「○○様、コンサートどうでしたか?」
「そうですか。それはよかったですね」

といったように、お客様の顔と名前、お話されたことを覚えて、見かける度に声をかけていました。(もちろん、お客様の様子から忙しそうにしている方や、会話が苦手そうな方にはしつこく近づいたりはしません。)

チェックアウトは残念ながらタイミングが合わず、お見送りすることはできませんでしたが、「お客様の声」の用紙に、嬉しいコメントを書いてくださいました。

その女性のお客様にとって、この宿泊が「記憶に残る」ものになってくれたかもしれないと思うと、まだホテルマンとして未熟だった私は勇気をもらえました。

和菓子店では、毎日さまざまなお客様が和菓子を求めて来店します。
スーパーやコンビニ等の日常的に来るようなお店なら、お客様が「これください」と言ったものを対応するだけでも十分です。

でも、和菓子のプロがするのはワンランク上のおもてなし。
和菓子(特に上生菓子)をお客様が買い求めるのは何か事情がある時だから、和菓子にいろいろな意味、歴史があることを知っている和菓子店スタッフは「なぜこのお客様はこの和菓子を…?」と、お客様の話と和菓子の歴史や意味から様々なことを推測し、最善の応対を考えます。

日本人は遠慮する文化があって、本当の要望も言わない人が多いと言います。
そんな時、スタッフがふと提案してくれたことが、まさに心の中で思っていた通りだったとき「何でわかったの?」と驚きと感動を与えたりもします。

和菓子の意味、お客様の言った言葉、行動等、様々なことを考慮して、和菓子店スタッフとしてお客様に何ができるのかを、全員で一生懸命考える。

難題とも思われる和菓子の謎にぶつかることもあるけれど、一つ一つクリアになって「あ!こういうことかも!」と答えが見えてきそうなところは、ミステリー要素があってハラハラ、ドキドキしながら楽しく読めました。

 

でも、きっと和菓子店やホテルマンに限らず、すべての仕事に通じるものなのかもしれません。
ルーチンワークと言われる仕事だって、ただ何も考えずマニュアル通りにやっているだけでは飽きてくるし、変化がなく成長が止まると思います。

そこを、「どうすればもっと良くなるか」や「人の役に立ちたい」と思いを持って取り組む姿勢があれば、ルーチンワークもクリエイティブで面白く変えることができるのでは、と思いました。

最初から具体的に「やりたいこと」や「将来の夢」がある人は珍しい。
でも、正社員だろうとアルバイトだろうと、職種やお金のためだけでない“何か”に喜びを見出して働けたらきっと、自分の内面が変わると思います。

和菓子の面白さと奥深さを楽しみながら、「働く」をちょっと真面目に考えてみる。

そんなことを考えた小説でした。

タイトルとURLをコピーしました